アニメーターになりたかった話

20歳の時、就職活動の一環でアニメ製作会社(スタジオ)を見学させてもらったことがある。子供の頃からアニメーターになりたくてなりたくて、高校も美術科を専攻し、専門学校で更にデザインとアニメーションの勉強をし、いよいよさあここまで来た、という感覚で嬉々として向かった。着いた先は確か狭い暗いアパートの一室。そこに6人分ほどの席がひしめくようにあり、想像していた華やかな職業とはえらいかけ離れた雰囲気がそこにあった。勝手に小綺麗な職場の華やかさをイメージして、勝手にそこで働く人々も一流デザイナーとまではいかないが、そういう佇まいを期待していた。だいたい机で鉛筆を握り、ひたすら毎日何十枚、何百枚と動画をせっせと描き続ける職業にそんな華やかさなんてないと気づくべきだったのだ。
偶然にもその訪問先で奥の机で突っ伏すように動画を描いていたのは、当時有名なアニメーターさんだった。彼のアニメを何度も見たことがあった。アニメ雑誌でも何度彼のイラストを見たことか。(彼は今超有名なアニメ製作会社の上層部にいる)

 

華やかさがどうとか言っているけど、実際そういうものはどうでも良かった。どうでも良くなかったのはこの後だった。スタジオを案内してくださった方の説明を一通り受け、何か質問があれば、とのことで、勇気を出して聞いてみた。
「この仕事を続けていて、将来への不安とかありませんか?」
あまりにも安い基本給。描いた枚数から換算されて金額になるという過酷さ。健康保険や交通費、残業代などがどうだったかまでは覚えていない。ただ、病気になったら給料はどうなるんだ、とぼんやり思った記憶がある。
彼女(女性だったという記憶しかない)はちょっと考えて、
「えーと、あまりそういうの考えないでここまで来ましたね。。。」
まじか!!!
「こういう質問は初めてです。。。」
は!!!!!????

 

聞くとスタジオスタッフは低賃金でもアニメーターとして働いていたい、という人がほとんどだという。全てのアニメーターがそんな風に思っているというのはあり得ないが、過酷な労働環境を強いられているのは皆同じで、それでも一つでも素晴らしい作品に携わって、あるいは有名な人気アニメーターになって、という野心を糧に仕事をしているのだということを思い知らされる瞬間だった。
将来への不安を案じるより、今手にしている仕事をこなしていくことの方がはるかに重要であると。

 

その後何社か見学に行き、大きなスタジオも見た。それでも共通しているのは引くぐらいの給料の安さだった。東京でアパートの家賃を払いながら生活していくにはこの給料だけではまず無理。だからといってバイトの掛け持ちなんかしたら、出来高制のアニメーターの仕事の時間が削られてしまう。
それでも子どもの頃からなりたかった職業で生きていく方が幸せか、あるいはまだ20歳。見切りをつけて別の道を模索するかの選択を迫られた。
結果、選択したのは後者。「はい、もう止め」と、実にあっさりとしたものだった。だが自分でもこんなに簡単に人生の方向転換ができることに結構ショックを受けていた。高校の進路相談で大学進学を勧める教師に「アニメーターになりたいんです!」と啖呵切ってここまで来たのに「はい、もう止め」と言い切る自分。だけど生活苦に喘ぎながら夢を追いかける勇気は無かった。一流アニメーターになってやる!という野心もとっくに消え失せ、次いこ次!って必死に自分を前へ追い立てた。

 

巷で囁かれるブラック企業という言葉。労働基準法違反、パワハラ問題に触れている企業のことを指すと思うが、この定義が「低賃金の上に長時間労働」にも及ぶ場合、アニメ製作会社も当てはまるのだろうか。ネットで少し調べれば嫌という程アニメ製作会社の実情が出て来る。華やかではないけど、憧れを多く集める職種。なのに現実は奴隷にも似た雇用形態ゆえに挫折して辞めていく人たちが後を断たないというではないか。20年前に感じた「アニメーターという職業の恐怖」は、今この時代になっても続いているのだから本当に恐怖だ。
日本のアニメは間違いなく世界最高水準で、そのクオリティを支えているのはアニメ製作会社のアニメーターの皆さんです。彼らが自他共に認める社会的地位を得られるよう、草葉の陰から応援して行きたい。
アニメーターという肩書きを背負うことはできなかったけど、10代の全てをアニメーターになるために捧げた人間の一人として(ちょっと大げさかも)、アニメーターを目指す若い世代の憧れをどうか裏切らないでほしい。