モーリスとアナザー・カントリーの話

俳優で誰が好きかと聞かれれば、ヒュー・グラント Hugh Grant以外すぐには思いつかない。映画雑誌のスクリーンかロードショーの広告で彼にほぼ一目惚れをした。なんという美男子!この頃は26、7歳くらいだったと思う。美しい盛りだ。。。


それはともかく、彼の情報を手に入れるためだけに映画雑誌を買う日々が続いた。当時日本ではイギリス出身の男性俳優がとかくもてはやされ、一大ブームだった。彼を初めて見た広告は、確か英国俳優たちを集めたフィルモグラフィーの新刊のことだったと思う。その本は行きつけの書店に置いていなくて、遠くの大きい書店で注文をお願いした。用紙に「英国の貴公子たち」と書いて店員に渡した時の気まずさと恥ずかしさは今でも忘れない。うら若き14歳だったしな!


彼を一躍日本で有名にしたのはモーリス Mauriceという映画だった。大学の寄宿舎を舞台にしたやおい、いや同性愛の映画。彼の役どころは、主人公をその気にさせておいてさっさと振り、女性と結婚して地位も名誉も安泰を得る、というイケ好かない奴だった。だがいイケ好かないながらも感情移入してしまうのは、単に彼がお気に入りの俳優だからなわけではない。映画の時代背景は20世紀初頭。イギリスでは当時同性愛は犯罪と同じであり、世間に知られてしまうことで仕事も地位も断たれてしまうことがあった。自分の身を守るために女性と家庭を持ち、自分を偽って生きて行くことを選ぶのもきっと辛い選択だったに違いない。おいおい愛されてない結婚をした女性のことも考えやがれ!


ともかく、一部の女性に背徳とか禁忌とか、美男同士が愛し合う映画、特に小説やマンガがひっそりとこっそりと販売され、社会的地位を得ることなど夢物語のようだった時代に、モーリスのような同性愛映画が堂々と出て来たことで、日本におけるヒューグラントの知名度はぐっと上がり、彼が出演するモーリス以前の作品もありがたいことに目にすることができた。

 

モーリスが出る少し前、同じく大学の寄宿舎を舞台に同性愛をテーマにしたアナザーカントリー Another Countryという映画があった。先の「英国の貴公子たち」に掲載されているルパート・エヴェレット Rupert Everettコリン・ファース Colin Firthを見るために視聴した記憶がある。いやー二人とも美男子。エヴェレットの恐ろしいなで肩が気にはなるものの、個人的にはモーリスよりこの映画の方が好きである実は。


実在した英国人スパイ、ガイ・バージェスGuy Burgessの学生時代の回顧という形で物語が進み、彼がソ連に亡命したきっかけが描かれている。


エヴェレットの「もう女は一生愛さない」と涙を流すシーンに酔いしれる世の女性たち(今でいうと”腐女子”と名がついているが、あの頃はそんな名称もなく)。当時14、5歳の自分にとって脳幹に突き刺さるようなセリフだったのを覚えている。ベタすぎて、いや血を吐くような心からの吐露に。

 

この二つの映画は同性愛をテーマにした映画の二大金字塔ともいうべき存在である。観る人によっては退屈で、時代背景が陰鬱なだけに暗い印象を与えがちだが、主要登場人物を演じた役者はみんなハマリ役ともいうべき存在感で、映画に出てくる自然や建造物の美しさも堪能できる。一回観るだけでは惜しい出来なのです。なので複数回観ることをオススメする。複数回観る気になれば、の話だけど。。。

 

余談だが、ブリジット・ジョーンズの日記Bridget Jones's Diaryは、この二大金字塔の俳優ヒュー・グラントとコリン・ファースの共演という、30年前の自分に教えたい夢の共演の映画である。美しい若者たちは美しいおじさんになって帰って来ました。彼らのケンカシーンは爆笑ものだが異常に感慨深い。

 

余談の余談、私の大好きなシンガーソングライター・飯島真理氏がアナザーカントリーに感銘を受けて作った曲「ガイ・ベネットの肖像」はサビで流れるピアノが切なく美しい一曲です。聴く機会があったら是非。